二人きりの「愚かな天使は悪魔と踊る」。7話では阿久津とリリーが入れ違いに一人相撲を繰り広げる。けれど、特別なご褒美はその交わらなさの上にある。
愚かな天使は悪魔と踊る 第7話「First aid」
1.一人相撲×2
気を失ったリリーを部屋に送り届けた阿久津だが、「どこにも行くな」という寝言を聞いてもうしばらく彼女を見守ることに。敵対する天使をなぜ助けたのだろうと自問する彼もいつの間にか眠りに落ち、入れ違いに目を覚ましたリリーは……?
リリー「どこにも、行くな……」
リリー(なんてことをしてくれたのじゃ、寝ぼけアホが!)
夜を共にする「愚かな天使は悪魔と踊る」。前回はいささかシリアスな内容と引きだったが、続く7話ではそれは引きずられない。「どこにも行くな」と阿久津を引き止めるリリーの言葉はあくまで寝ぼけて言っただけだったし、それを聞いて帰らず彼女を見守ることにした阿久津も程なく寝入って奇妙な夢を見始めてしまう。そして今度は逆にリリーだけが起きて阿久津への「ご褒美」の責務に悩む……という展開はコミカルさ満載だ。そして、注目したいのはこれらの場面で二人が直接言葉を交わす場面がまるで見られない点である。
リリー(き、き、き緊急事態じゃ……!)
阿久津が起きている時はリリーは寝ており、リリーが起きたかと思いきや阿久津は寝入ってしまっていて彼の寝言や寝ぼけた振る舞いに振り回される。展開自体は騒々しいほどだが、二人がやっているのは終始一人相撲だ。リリーは阿久津にだっこされてやらねばと悶々とするがこれはかつて彼女が言った冗談に端を発しているし、阿久津は疑似だっことして自分の股の間にちょこんと座ってきたリリーを抱き寄せるが彼は夢の中で担任の城村先生に恋愛指導を受けて彼を抱きしめているに過ぎない。二人でやりとりしているようで交わらない、まさしく本作おなじみの「茶番」……ただ、それは二人のやりとりが無意味なことまでは意味しない。
2.ご褒美は平行線上
城村先生(夢)「もっとぎゅーっと抱きしめるんだよ?」
阿久津(夢)「勘弁してください……」
リリー(まあ、命を失いそうになったのじゃから仕方ないか。そりゃ悪夢の一つも見るか……)
片方が起きればもう片方は夢に落ちるこの7話、阿久津とリリーが交わることはない。だが一方で面白いのは、彼らのやりとりそのものは不思議に噛み合っているところだ。目を覚ましたリリーは阿久津が自分の部屋にいることに驚くが、だからといって彼を叩き出したりはしない。早々に原因が自分の寝言にあると気付いた彼女は煩悶の末彼が自分を庇ってくれたのを思い出し、負傷した右手を手当する。また阿久津は夢の中で城村先生にだっこを強いられ現実ではそれが震えとなって現れるが、リリーはこれを今日の戦いへの恐怖から悪夢を見ているのだと解釈し最終的には受け入れてしまう……彼らは思い込みで一人相撲し勘違いも重ねているにも関わらず、不思議とそれが関係性の破綻には繋がっていないのだ。例えるならそれは、交わりはしないがけして離れもしない二つの平行線に等しい。
リリー(それにしても、誰かと一緒にいるだけでこんなに落ち着くとはな)
コミュニケーションにおいて正確性が重要なのは言うまでもないが、同時に私達が他者を正確に理解することは絶対にない。感性も経験も異なる以上、どれだけ長い付き合いを重ねても全く同じ目で世界を見ることはできずそこには齟齬が残るからだ。
二人の人間が、二つの線が交わることはけしてなく、交わることがあればむしろその後の方向の違い故に衝突の原因となる場合の方がずっと多い。にも関わらずなぜ人と人が一緒にいられるのかと言えば、恐らくそれは逆で「交わらないからこそ」だ。不正確であっても誤解であっても、正反対のものですらあっても、方向が大きくズレていないなら衝突は生じにくい。天使と悪魔しかり、茶番と本気しかり、ラブとコメディしかり……二人の人間が惹かれ合うとは、異なる部分が無いのではなく方向を共にするが故に衝突しない(これは表面的な喧嘩の有無とは別の話だ)ところに生まれるものなのだろう。
阿久津「ま、お前のパスタには負けるだろうけどな」
リリー「そ、そんなの分からんじゃろ」
阿久津「ん?」
リリー「な、なんでもない!」
翌朝目を覚ました阿久津とリリーはようやく言葉をかわすが、そこでも二人のすることは交わらない。阿久津はオートロックの仕組みを理解していなかったが故に残って朝食まで作り、またリリーはケガを思いやって手ずからその朝食を食べさせようとするが阿久津はそれに気付かない。けれどこうしたやりとりは自然な一体感に満ちているし、二人の仲がこの一晩で進展したのを否定する者もいまい。彼らがリリーのマンションの前にいるのを見かけた友人の夕香や広田は「朝チュン」だと誤解してしまうが、当たらずとも遠からずなこの誤解は実際にあったことと平行線の関係にある。いや、真実などというのはおそらく誤解と実際が平行線の関係にある時こそ見えるものなのだろう。それこそ「ご褒美」のように。
リリー(全く……本当に特別な褒美になってしまったのう)
今回の事件の発端はリリーが阿久津に着けた首輪の色を変えることにあり、彼女は阿久津が寝ている間に褒美としてそれを済ませる。この時のリリーの穏やかな表情を阿久津はけして見ることはないけれど、リリーがそんな顔を向けられるのは彼が寝ているおかげだ。それは阿久津が解決を急がなかった首輪の色よりずっと稀有な、そして特別なご褒美であろう。
阿久津とリリーは交わらずも離れもしない平行線である。奇跡のような瞬間は、「特別な褒美」はその不思議な交わらなさの上にこそ生まれるものなのだ。
感想
というわけでアニメかな天7話のレビューでした。互いに一人相撲してるだけなのに仲が深まっていく、ジョーが言うように「世の中ってやつはおもしれえなあ」と感じられる回だったと思います。これ誤解されるのでは、と思ったところにタイミングよく出てくる夕香と広田の反応も面白かった。次回はこのあたりの言い訳と前回の続きが同時進行する感じになるんでしょうか、楽しみです。
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ご褒美は平行線の上――「愚かな天使は悪魔と踊る」7話レビュー&感想https://t.co/2iVWv853Nm
— 闇鍋はにわ (@livewire891) February 20, 2024
阿久津とリリーが入れ違いに一人相撲する7話、そこに生まれる不思議な瞬間について書きました。#愚かな天使は悪魔と踊る#かな天 #kanaten