死あればこその生――「裏世界ピクニック」3話レビュー&感想

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
独り占めするつもりだった小さな世界が姿を変えていく「裏世界ピクニック」。超自然の罠・グリッチが大量に潜み、歩くことすら危険と判明した裏世界。けれど危険なのはグリッチだけとは限らない。3話はそういう死の臭いが、生をも引き立てるお話だ。
 
 
 

裏世界ピクニック 第3話「巨頭の村」 

 

〈裏世界〉の探検を積極的に提案する鳥子。空魚はつい了承してしまうが、このまま鳥子と危険な行動を続けることへの不安に駆られる。〈裏世界〉のグリッチ(危険ポイント)を回避しながら進む二人。鳥子が以前に見つけた補給ポイントを目指していたはずだが、辿り着いたのは鳥子も見覚えのない、寂れた村のような場所だった。そこに現れたのは…
 
 
 

1.空魚の心のグリッチ

グリッチの存在を知ったことで、空魚達の裏世界での歩み方はずいぶん変わった。石を投げて危険を排除し、念のため空魚の右目でも前方にないことを確認する。投石とその回収を繰り返しを強いられ、怠れば消し炭となりかねない地雷原へと裏世界は姿を変えている。ただしそれはあくまで認識の上の話だ。グリッチは前回よりずっと前から存在しており、空魚や鳥子は幸運や同行者によってそれを知らなかったに過ぎない。
実体として変わっていなくとも、認識だけで世界は別物に変わる。空魚の世界を変えたのはもちろん、鳥子だ。美貌も行動も一つ一つが容易く空魚の心を揺さぶり、(エレベーター女の件など)空魚は裏世界に着く前からドキドキし通し。鳥子と共にいるだけで空魚は裏世界にいるも同然だからこそ、そこでは時代遅れのお面を付けた子供が遊び回る。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
1話レビューで裏世界は空魚が見ている世界の具現に等しいと書いたが、ならば大量のグリッチが認識された裏世界は空魚が簡単に鳥子にドキドキさせられる世界の具現に等しい。鳥子の何気ない行動が、あるいは己の自意識過剰が"グリッチ"を踏む度、空魚の心臓は勝手に爆発するのである。
 
 

2.空魚が鳥子と行動を共にする理由

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
青く変化した空魚の右目は、怪物の実体やグリッチだけでなく表世界への出口も見つけられるようになっていた。グリッチを見るのは言ってみれば濃密な死の注視であり、怪物に襲われた状況で表世界への出口を見つけるのはその逆だ。すなわちこの時、空魚の目は活路という名の濃厚な生を注視している。死を注視する力が生の注視にも繋がっているのは示唆に富んでいる。
 
鳥子と行動を共にする自分を、空魚は不思議がっている。くねくねに八尺様、そしてグリッチと危険に満ち溢れた裏世界は、死にたくないなら近づく道理は無い。にも関わらず、鳥子の裏世界行に空魚は付き合ってしまう。一緒にいるだけで心のグリッチを踏まれ、何度も胸を灼かれながらも、彼女を探しに引き返し彼女と共に表世界への出口に飛び込んでしまう。
心も体も危険なのになぜ――という問いはおそらく、そのまま正解として返せるだろう。生きていなければ死に近づくことはできない。極言すれば、死にそうになることほど生を証明するものはない。
 
物語の始まり、空魚は言わば凪の状態にあった。誰にも認識されず自身も誰も認識しないとはすなわち、「死んでいない」だけに過ぎない。見ようによっては生よりも死よりも恐ろしいそこに沈みかけていた空魚を見つけてくれたのが、認識してくれたのが鳥子だった。
鳥子に焦がれ、心かき乱される今の空魚は凪とは程遠い。しかしそれは「死んでいない」だけの状況からも程遠い。焦がれることもかき乱されることも心にとっては死ぬほど危険だが、だからこそ彼女は生き生きしている。心も体も危険だからこそ、鳥子との"裏世界ピクニック"は成立しているのである。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
もちろんそうは言っても、本当に死ねばもう二度と死に近づく生は経験できない。裏世界から戻り、考え直した方がいいのかも……と冷静になる空魚の前に立ちふさがるのは、ビルのごとく巨大な「我に返った意識」だ。「表側の理屈」だ。そして死に瀕して生の実感を得ることは、かつて空魚がギリギリの境目まで波長を合わせた「裏側の理屈」。両者がぶつかり合うことで、空魚はまた新しい自分と世界を発見していくことだろう。
 
 

感想

というわけで裏ピク3話のレビューでした。空魚の心が地雷原、僕もそうだがめんどくさい人の心は地雷原。チョロい癖に手のかかる空魚の心理がたまらなく生々しい。それでエンタメとして成立しているの、すごいさじ加減だな……
次回も空魚が存分にめんどくささを見せてくれそうで、そして次回でもまだ4話。最終的にどんな人間模様になっているのか、とても楽しみです。