反転は遼遠の彼方――「月とライカと吸血姫」2話レビュー&感想

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
科学と不思議が交差する「月とライカと吸血姫」。2話ではイリナの訓練が始まる。選りすぐりの宇宙飛行士候補生も音を上げる厳しい訓練が彼女から浮かび上がらせるのは、いったいなんだろうか?
 
 

月とライカと吸血姫 第2話「宇宙飛行士への道」

イリナの訓練が始まった。イリナは持ち前の優秀な身体能力と負けん気で、厳しい訓練をこなしてゆく。嫌がらせにも屈せず努力するその姿に、レフは内心驚く。しかし周囲の目は冷たく、イリナも頑なに心を開こうとしない。レフ自身もイリナをモノとして扱うよう、己に言い聞かせる。
順調に進んでいくと思われた訓練だったが、イリナに致命的な弱点が発覚する。イリナは高所恐怖症だったのだ。

公式サイトあらすじより)

 

1.反転の不思議

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
宇宙飛行のため、イリナは様々な訓練を受ける。体力トレーニング、耐熱・耐荷重訓練等……メニューとしては人間の候補生が受けるのと同じはずだが、吸血鬼であるイリナが受けるだけでその内実は変化する。それはアーニャによる吸血鬼の調査が伴うから、というだけではない
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
アーニャ「ウォーミングアップなのに無茶し過ぎですよぉ」
 
例えば始まりのランニングはあくまでウォーミングアップに過ぎないはずだが、人間のレフに対抗意識を燃やすイリナが急いで走るためそれだけで本格的な訓練になる。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
サガレヴィッチ「人間様は寝る時間なんだ、なのに穢れの相手をする羽目になるとは。フン!」
 
また訓練センター副所長のサガレヴィッチは吸血鬼の彼女を嫌って過度に拘束したり、訓練機の回転速度を早めたりする。実情としてこれは訓練ではなく迫害であり、高い身体能力を持つイリナですら負傷してしまうほどだ。そんなイリナの出血をレフだけでなく研究員のアーニャも心配するが、彼女はレフのようにイリナを人間同然に見ているわけではない。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
アーニャ「実験体を大切にしないのは研究者の恥ですよ!」
 
上記の台詞からも分かるように、アーニャはあくまでイリナを同じ人間ではなく実験体として見ている。「峻別」しているからこそ、人間相手と同様に心配している。前回のレビューでは混同と峻別を重要な要素として取り上げたが、この場合「混同」しているのはむしろサガレヴィッチの方だ。首からにんにくをぶら下げるほど彼は現実の吸血鬼と小説の吸血鬼を同一視してしまっており、だからこそ人間相手にはやらない拘束や訓練を行う。この2話では発生しているのは、混同と峻別から生まれたものがそれぞれ逆のように見える反転である。
 
 

2.反転は遼遠の彼方

混同と峻別は言うまでもなく正反対の概念だ。異なるものを同じように扱うのが混同であり、似て非なるものの差異に虫眼鏡を当てるのが峻別。それぞれが走る先は逆方向であり、交差することなどない。だがそれは走っているのが平面であった場合だけだ。
地球がそうであるように地面・・は往々にして球状で、そこでは逆方向に走ったはずの両者が顔を合わせる地点がある。遼遠の彼方には混同が峻別に、峻別が混同になる瞬間が存在するのだ。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ(逃げるどころか模範的な態度で取り組んでる。能力も優秀。これじゃ実験体と言うよりまるで……)
 
共和国にとってイリナはあくまで実験体に過ぎない。現行の技術では宇宙からの帰還は最終的にパラシュート便りで危険を伴うが、ヴィクトール中将は失敗してイリナが地面に叩きつけられても実験だから問題ないと彼女の命を尊重しない。
しかしその実、吸血鬼であるイリナは宇宙飛行に最適な存在だ。選りすぐりのエリートにも引けを取らない身体能力の高さ、味覚がほとんどないが故の宇宙食への抵抗の無さ、人間への対抗意識がもたらす負けん気……どれもが彼女を模範的に行動させ、時に迫害にすらなっているはずの訓練を訓練たらしめている。"混同"させている*1
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ「味は分からないと言ったでしょ」
レフ「でも刺激は感じるんだろ?気分がスカッとするよ」

 

また、今回はレフとイリナの距離を縮める道具として炭酸水が登場する。レフに進められ初めて飲むそれにイリナは子供のように驚いたり喜んだりするが、それは彼女が人間と同じだからではない。味覚がほとんどなく食事には香りや食感を求めるのが吸血鬼だと知ったからこそ――"峻別"したからこそ、レフはイリナが自分と同じように楽しめるものとして炭酸水を発見したのだ。*2
 
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
峻別と混同は正反対でありながら、いやだからこそより強烈に反転する。レフがどうやら優しさ故に上官に暴力を振るい補欠に降格したように。それが彼がイリナのパートナーとして選別されるきっかけになったように。
ロケットを製作する技師であるチーフが国内の敵にこそ警戒するように、こうした性質はレフとイリナに牙を剥くこともあるだろう。しかし反転するものである以上、それは二人の距離を更に縮めるきっかけにもなるはずだ。それを期待して、次回を待ちたいと思う。
 
 

感想

というわけで月とライカと吸血姫の2話レビューでした。前回見つけた混同と峻別をそのまま引用できる感じだったのでスムーズに書けましたが、ともするとそれが落とし穴になったりするので次回辺りから気をつけないと……
人間に比べて味覚がないとかますます犬っぽいイリナ、これから更に多くの表情を見せてくれそうで楽しみです。
 
 

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*1:そしてそれ故に、高所への恐怖という弱点も峻別され際立つ

*2:最初は刺激にびっくりするがそれがヤミツキになってしまう。炭酸水は誰にとっても遼遠の彼方で反転する飲み物だ