宇宙の産声――「機動戦士ガンダムSEED スペシャルエディション 鳴動の宇宙」レビュー&感想

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無明の闇へ飛び込む「機動戦士ガンダムSEED」。総集編第3作である「鳴動の宇宙(そら)」ではこれでもかと人類の愚かさが描かれる。熱と光にあふれた宇宙で鳴動するものは、いったいなんだろうか?

 

 

機動戦士ガンダムSEED スペシャルエディション 鳴動の宇宙

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1.キラにできたことは

4クールに渡る物語である「機動戦士ガンダムSEED」を3本の総集編にまとめたスペシャルエディションの最後を飾る「鳴動の宇宙(そら)」。10話ほどを2時間にまとめた内容であるが、鑑賞して感じたのは「主人公であるキラはいったい何ができたのか?」ということだった。コックピットを外す戦いを心がける彼は立ちふさがる連合の新型ガンダム(カラミティ、レイダー、フォビドゥン)を撃破したりはしないし、一方で何かを守れたかと言えばそれも否だ。かつて共に過ちを犯した少女フレイは最後の敵となるザフトラウ・ル・クルーゼに殺害されてしまうし、大量破壊兵器の完成形とも言える巨大レーザー砲・ジェネシスを止めたのは彼ではなく親友のアスランの方。決戦の際も人の愚かさを語るクルーゼにキラは上手く反論できたとは言い難く、放映当時はクルーゼの方を正論と称賛する声も見たように記憶している。だが、これは脚本の失敗なのだろうか? 否。キラの特殊な出自を鑑みた時、ここにはある種の儀式的な意味合いが見えてくる。

 

2.キラは誰の兄弟なのか

今更言うまでもないが、キラ・ヤマトは「機動戦士ガンダムSEED」の主人公である。ザフトからの奪取を逃れたストライクガンダムを駆り、戦艦アークエンジェルでただ一人のMS乗り(ムウなどMA乗りはいたが)として孤独な戦いを強いられその果てに一度は擬似的に殺されすらした少年……民間人がいきなりガンダムを操れる理由を本作は「遺伝子操作で生まれたコーディネイターだから」としてきたが、実のところこれは彼を十分に説明できていない。コーディネイター故にガンダムを操れることは、同じコーディネイターが操る4機のガンダムを撃退し続けた理由にはならないからだ。4機の内の1機であるブリッツガンダムを撃破した時期などは、もはや1人で相手全員を上回っている感すらあったほどだ。

 

なぜキラはここまで戦闘能力に長けているのか? 本作序盤で明かされるこの謎はしかし、初代「機動戦士ガンダム」のニュータイプとは大きく異なっていた。彼の正体は胎児を人工子宮に移すことで遺伝子の不確定要素を一切排除し生み出された「スーパーコーディネイター」であり、高い戦闘能力は優秀な頭脳や肉体を求めた遺伝子操作が完璧に機能した結果だったのだ。

 

ニュータイプと大きく異なると書いたが、端的に言えばキラ・ヤマトは「人類の革新」である。コーディネイターは確かにナチュラル(遺伝子操作なしで生まれた人間)より優秀な能力を持っているが、それでも不確実性はあるし少子化に苦しむなど既に種の限界を露呈しつつあった。しかし完璧に望み通りの子供が作れるとしたら、その誘惑に勝てる親などそうは存在すまい。誰もがより優秀な子供を望みそこに大枚をはたくことになる。そう、より優秀な兵器・・を高い金を払って求めるように。

 

本作の登場人物の一人、反コーディネイターを掲げるブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルは劇中こんな発言をしている。

 

アズラエル「兵器は使わなきゃ…。高い金をかけて造ったのは使うためでしょう」

 

高い金をかけて完璧に望み通りに生まれる優秀な子とはすなわち、高い金をかけて作られる優秀な兵器と同一である。キラの体現する「人類の革新」とは実のところ撃墜王として解釈されるニュータイプと全く同じものであり、華やかに見えるその実像は人類の業の集合体だ。しかも研究の過程ではスポンサーの希望でクローン人間の製作なども試みられており、誰あろうクルーゼはこれによって残り僅かな寿命しか持てずに生まれた「失敗作」であった。

 

望まぬ戦いを繰り返して傷つき、組織の垣根を超えて集まったキラ達が求めるものは人間が人間らしくいられる場所であった。しかし明かされた出生の秘密は、彼に一つの問いを投げかけている。「戦争を止めたいと言うが、そもそも強大な力を持つお前自身が究極の兵器ではないか?」と。キラが知ったのはすなわち、戦場で殺戮の限りを尽くす兵器の数々がみな自分の「兄弟」だという絶望的な事実だったのだ。

 

 

3.宇宙の産声

戦争を止めようとするキラ自身が究極の兵器である。この事実はショッキングだが、考えてみれば不思議なことではない。なぜか? それは連合にもザフトにも属さぬキラを始めとした者達も結局、戦争以外の手段は採れていないからだ。キラ以外の人間は敵機コックピットを外すような芸当はできないし、キラ自身も連合の核攻撃を止める際は艦船を撃沈したりしている。前作で乗り換え彼に人を殺さぬ自由を与えたはずのフリーダムガンダムも結局は兵器に変わりないことは、搭載されたニュートロンジャマーキャンセラーの技術が連合に渡れば即座に核ミサイルの使用に繋がった事実からも明らかだ。
戦艦エターナルに座乗しキラと共に戦うラクスが劇中で語るように、平和を叫びながら銃を手に取る彼らの選択が悪しきものでないとは言い難い。だが、そうならキラ達にできることに限界があるのには逆の意味が生まれてくる。

 

報復の連鎖で生まれる悲しみを知りそれを止めようとするキラ達は、いわば劇中の世界でもっとも先進的な存在である。しかし先進的であることと本来の「人類の革新」は直結しないから、彼らにできることはたかが知れている*1
薬物漬けで文字通り人間兵器としてガンダムを駆る連合のブーステッドマン3人を救う方法などないし、ナチュラルを絶滅させようとする父パトリックとアスランの親子には最後まで和解の時は訪れない。アークエンジェルはキラに代わりストライクガンダムを操縦していたムウによって同型艦ドミニオンの砲撃から守られるが彼を失い、かつて共に戦ったナタルの乗るドミニオンを報復のような形で撃沈することとなった。キラもフレイを殺された怒りからクルーゼに復讐心を禁じられず、結局は彼を殺している。クルーゼが言うように、彼らもまた愚かな人間の範疇を出ない。だが、だからこそだ。革新的な出自を持つキラも先進的なその仲間も愚かさから抜け出せない事実はすなわち、強大な力を持つ彼らも結局は「人間」であることを証明している。わずかな戦力しか持たない彼らが戦局を変えていたら、それはむしろ彼らが優秀な「兵器」に過ぎないと、その革新性が絵空事でしかないことを逆説的に証明してしまっていたはずだ。


キラは最強のコーディネイターとでも呼ぶべき存在でありながら多くの人を、フレイ一人すら守れなかった。この結果は彼にとってあまりに辛いものだが、しかし一方でフレイは死によってキラが背負った「人類の革新」などというあまりに大きな看板を外してやり、彼の存在を守ってもいる。そう、コーディネイターという肉体的な優秀さだけを理由に戦いを強いられるキラが本当はただの少年に過ぎないことを、共に過ちを犯した彼女は誰よりも知っていたのだから。

 

人工子宮によって母胎を奪われたキラ・ヤマトという命は、「生み出された」のであっていまだ「生まれいでて」はいなかった。故に、戦闘が終了しボロボロになったフリーダムから彼が放り出される暗闇の宇宙はいわばもう一つの母胎である。彼を捜しその生まれ直しに立ち会うカガリアスランももちろん、キラを兵器だなどとは思っていない。二人の前にいるのはバカで危なっかしい、どこにでもいるような一人の人間に過ぎない。戦争で多くの人から奪われ失われ、人を見極めたつもりのクルーゼが見ることのできなかった「人間らしさ」はここにある。*2

 

キラを思い、その帰りを願うラクスは彼にこう言った。「世界はあなたのもので、そしてまた、あなたは世界のものなのだ」と。タイトルにあるような宇宙の鳴動を起こすのは、強力な兵器などではない。キラが、人間が産声をあげたその瞬間にこそ世界は――宇宙は鳴動したのである。

 

 

感想

というわけでガンダムSEEDスペシャルエディション HDリマスター第3集のレビューでした。1,2集とペースが違うこともあってちょっと戸惑ったのですが、どうにか自分なりに文章にできてホッとしています。ファーストガンダムの展開をなぞっているのではなく、踏まえて独自の道を歩もうとしたのだということがよく分かりました。あとカガリが生まれ直すキラの姉であることにも納得……
ガンダムSEEDの視聴は私にとって20年越しの宿題のようなところがあって、その機会を得られたのは本当にありがたいことだと思います。ガルパンなど10月からは上映開始週が被る作品も多く鑑賞が日曜になるケースが増えますが、DESTINYの方もしっかり付き合っていきたい。これからの2ヶ月が楽しみです。

 

 

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*1:機動戦士ガンダム」のレビル将軍いわく「ニュータイプというのはな、戦争なんぞせんでもいい人間の事だ。超能力者の事ではない」

*2:下線部は9/23追記