願いの終わり――「機動戦士ガンダムSEED DESTINY スペシャルエディション 砕かれた世界」レビュー&感想

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前作から2年後を描く「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」。総集編第1集では世界が再び争いに砕かれていく。だがこの「世界」とはなんだろう?

 

 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY スペシャルエディション 砕かれた世界

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1.砕かれた世界とは

ヤキン・ドゥーエの戦いから2年。連合とザフトの間に停戦条約が結ばれ世界は平和を取り戻したかに見えた。しかしザフトでは先の戦いでオーブから盗んだ技術を用いた新型MSが開発されており、更にはそれを奪いに連合の兵士が潜入し……!?

 

大ヒットを記録した前作から1年後の2004年に放送開始となった「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」。4本の総集編の最初を飾る本作の副題は「砕かれた世界」となっている。連合とザフトが再び戦争をするきっかけとなったユニウスセブンの地球落下事件が「ブレイク・ザ・ワールド」と呼ばれることを考えてもこれは適切なネーミングだろう。しかし、世界が砕けるとは単なる戦争状態を意味しているわけではない。

 

先の連合とザフト(プラント)の争いは、憎悪の応酬がほとんど絶滅戦争の様相を呈した結果終わったものだった。「こんな血みどろの、誰も救われない戦争はもうたくさんだ」……傷つき残された人々がそう感じたからこそ、両者は手を取り合うことができたのだ。立場や憎しみを超えてそんな思いで「世界が一つになった」から戦いは終わったと言えるだろう。だが戦いを止めるために奔走した者の一人、父の跡を継ぎ中立国オーブの代表となっていたカガリはプラントを訪れる中でその認識を揺さぶられることとなる。ザフトの新型MSインパルスガンダムパイロット、シン・アスカはかつてはオーブの住人であり、連合とオーブの戦いで両親と妹を失っていたのだ。

 

カガリの父ウズミは憎しみの渦に巻き込まれぬため連合に組み込まれることを拒み戦い、民間人の避難も行っていた。しかしそれでも戦ったからにはシンのような被害者が出るのも事実であり、彼の過去を聞かされたカガリは心に楔を打ち込まれた気分であったろう。そう、父の行動は高潔な選択以外の何物でもないとばかり思っていた「世界」を「砕く」ような。

 

行いは一つでも解釈は様々であり、その時世界は砕かれている。先の戦争でオーブから盗んだ技術でザフトが新型ガンダムを作ることについて、カガリと現在のザフトの指導者デュランダル議長の間で「強過ぎる力はまた争いを生む」「争いが無くならぬから、力が必要なのです」と見解が分かれる冒頭の場面などはその好例だ。加えて、砕かれるのは人それぞれの世界の見え方ばかりに留まらない。

 

 

2.願いの終わり

行いは一つでも人によって解釈が分かれるから世界は砕ける。しかし、一人の人間の中でもまた世界は砕ける。

 

例えばカガリは、前の戦争でザフトアスラン・ザラと心を通わせ恋仲となっていた。しかし国家の代表ともなった今の彼女はもはや一人の少女として振る舞うことを許されない。公的には彼女は国内の有力者であるユウナ・ロマ・セイランと結婚しなければならないし、このユウナ達はウズミの理想に理解を示さず積極的に連合(大西洋連邦)に協力しようとする。代表であるが故にオーブとイコールであるカガリは、己の世界を公と私に引き裂かれて――砕かれていく。彼女と共にオーブにいたアスランにしても、ユニウスセブン落下事件を通して痛感させられたのは自分が先の戦いで徹底的な戦争を主張した故パトリック・ザラの息子だという事実であった。

 

繰り返しになるが本作の副題は「砕かれた世界」である。世界を砕くことは常識を砕くことであり、砕けるとは思えぬものを砕くことだ。先のカガリアスランもそうだが、他にも例えばデュランダル議長はプラントの平和の象徴ラクス・クラインの影武者を立てたりアスランを言葉巧みにザフトに呼び戻したりするが、彼は「ラクスは一人しかいない」「アスランが今更ザフトに戻るはずがない」という概念や思い込みを巧みに砕いているのである。メカニック的な部分に目を向ければ、インパルスガンダムが戦闘機コアスプレンダーを中心とした合体・分離機構を擁していたり連合の新型MAザムザザー陽電子砲すら跳ね返すリフレクターを装備している点なども従来の兵器の「世界」を砕く要素として数えることが可能だろう。

 

かつて連合とザフトの戦争のきっかけとなり、その後停戦条約の舞台ともなったユニウスセブン。「ブレイク・ザ・ワールド」たるその落下にまさしく世界は砕かれ、それが狼煙であるかのように再び人々は戦火に飲まれていく。あのあまりにも凄惨な出来事の後ならば誰もが同じ思いを共有できるはずという幻想は、常識は、願いは――世界は砕かれてしまったのである。

 

 

感想

というわけでSEED DESTINYの総集編第1集レビューでした。うーん、前作以上に複雑だ。映画館に行った日曜の上映時間が最速で15時と遅かったのもありますが、「砕かれた世界とは戦争状態だけじゃない」から「世界を砕くとは常識を砕くことである」にたどり着くまでにずいぶん手こずってしまいました。前作と逆に連合側がザフトから機体を強奪したり、メタ的にはザクがコズミック・イラに登場するのも世界を壊してると言えるかしらん。この解釈の仕方ちょっと便利過ぎて危うい気もしますが。あとユウナがカガリに触れる場面で想像してた以上に嫌悪感があってですね、お前俺(達)の姫様に何しとんじゃコラとモニタの向こうに手を伸ばしたい気持ちになりました。

 

シン・アスカという少年を自分の中でどう落着させることになるのか? 本作の鑑賞はその点に非常にドキドキしています。不遇と片付けて終わらない何かを見つけられるといいな。2週間後が待ち遠しいです。

 

 

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