"オッド"が揃う時――「オッドタクシー」13話レビュー&感想

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(C)P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ
遂に全てが明かされる「オッドタクシー」。ドブは10話で自分と小戸川をオッド、「二つ一組の片方」だと説明したが、もちろん二人はそんな関係ではない。最終回となる13話、小戸川が出会った真の"オッド"とは誰だろう?
 
 

オッドタクシー 第13話(最終回)「どちらまで?」

小戸川は、今日も色々な客を乗せる。
 
 

1.回想という反復

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今回の前半は、カーチェイスと同時進行で小戸川の過去をオーバーラップさせる形で描かれる。学校で迫害され、家庭は崩壊しており、挙句の果てには無理心中――悲惨そのものの過去をしかし、小戸川のメモリーノートは絶望的な口調では語らない。
 

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小戸川「みんな僕をかわいそうと言ったけど、僕は前よりかわいそうじゃなくなっていた」
 
浮気と飲酒でまともに帰宅もしないろくでなしの父親がしかし、動物図鑑を買ってくれたというだけの理由でまあまあ好きだったこと。
浮気のついでに連れて行かれ放り出された動物園でのひとときが、母がかわいそうだと思いつつ大好きな時間だったこと。
同じ人間の目は見られないのに、動物の目なら見られたこと。
違和感を覚えつつ、無理心中と知らぬドライブを嬉しがっていたこと。
人間が人間に見えなくなってしまったのを周囲には憐れまれたが、小戸川には幸せだったこと。
 
……小戸川の過去が壮絶なのは変わらないが、これまで明かされていた身の上から想像されていたものとは少し違う。
回想とは反復だ。そして1話レビューで書いたように、反復されたものはその時点で元のままではなくなっているのである。
 
 

2.変化と不変に抗うもの

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反復されたものはその時点で元のままではなくなっている。カーチェイスからの海中転落は小戸川が視覚失認を患った無理心中の反復であり、そしてそれは過去と全く同じ経過を辿らない。今回は自力脱出ではなく白川に助けられるし、そもそも飛び込むまでが回想と飛び散る札束によって淀みを吐き出すようなものになっている。そして、おかしくなった視覚が更に変われば待っていたのは正常な視界だった。
 

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剛力「小戸川!」
白川「小戸川さん……」

 

目覚めた小戸川が目にする剛力や白川は、小戸川にとっては彼らの姿の「反復」である。二人はゴリラやアルカパとして認識していた時とは明らかに違う姿になっていて、しかし見れば彼らが彼らであることになんとなく納得できる。反復されたものは「元のままではない」と書いたが、それは逆に言えば残りの部分は「元のまま」ということでもある。
 
韻を踏むライムのように――さかのぼって少し同じ、少し違うものへと変わるように――反復には変化と不変がある。それは小戸川の視覚に限ったことではなく、人の世の道理であろう。例えば小戸川のタクシーが転落した時だって、それを目にした柿花や二階堂達はみな落下物の韻を踏みつつ、一人ひとり違うものを思い浮かべていたのだから。
 

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小戸川「今支給してる子供達だけでもあの人形を渡してやれるまで、最後まで騙してほしい」
 
人の世とはつまるところ反復による変化と不変の繰り返しであり、そのコントロールはままならない。黒田の部下が彼の友人の呑楽を助けるどころかその娘の死体遺棄に関わっていたり、彼の手にした真っ黒い金が交通遺児を助けるために使われもしたように。敗者復活戦で大失敗したことがむしろホモサピエンスの復活に繋がったように。今井が二階堂の逮捕にショックを受けつつ、結局は彼女のファンを続けてしまうように。
 

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小戸川「……良かった。猫だよな」
 
長所ではなく短所を受け継いでしまったり、不運が幸運に生まれ変わったり、反復によって変わりも変わらなかったりもする。良くも悪くも人とはそういうものだ。全く変わらないというのは人の道理に反している――人ならざる何かになっている。
視覚失認から回復した小戸川はタンスの中にいるものを恐る恐る確認したが、それは回復前と同じ猫であった。当然と言えば当然だが、彼の視覚失認は人間だけに作用していた。人でないから当然だが、猫は全く「変わらなかった」のだ。
 

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思い出してみよう。小戸川の家にいた猫は何猫だったか? もちろん三毛猫ではない。そう、黒猫・・である。
 
 

3."オッド"が揃う時

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人は反復の中で変化と不変を繰り返す。それは本作の登場人物の多くがこれまでと劇的には変わらず、しかし確かに変わりもしていることからも明らかだろう。だが、ニセ三矢にして小戸川からは「黒猫」に見えていた和田垣だけは例外だ。
 

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和田垣「……うん、上手く行ったっちゃ」
 
ラストでは和田垣が本物の三矢を殺した真犯人であることが明かされるが、それは彼女が実は殺人狂であったとか三矢と取引していたなどといった新事実を一切伴わない。彼女はあくまで「オーディションで落ちた時に食い下がるほど夢に執念を燃やす少女」でしかない。落選の時の話を楽しそうに二階堂に話した時と和田垣は何も変わっていないし、何も変わっていないからこそ彼女は凶行に走った。
 

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和田垣「ついでだからもう一人減らしてソロになってしまおうかな?って勢い。え、欲張りすぎ?」
 
そして、和田垣がそこまでしたのは母の「どんな手使うてでも夢叶えないけん」という言葉を反復したものであったことも明かされるが、それはけして彼女が母親の言葉を履き違えた(変えてしまった)わけではない。電話で和田垣は殺人で夢に近づいたと喜々として話すし、母も驚いた素振りを見せない。母の言葉の時点で「どんな手」には殺人も含まれていた。
 

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小戸川「どちらまで?」
 
反復の度に人が変化と不変を繰り返す中、和田垣だけは全く変わっていない。先の殺人告白も思いつめた素振りもなく全くの日常会話であり、また「今度もうまくやれる」「こないだの年末の」という言葉からは彼女が既に殺人を"反復"していることが伺える*1
 
彼女は誰よりも夢に対して懸命で、故に世界の道理から外れる *2。解決策にならぬ方法で問題を解決し、伴わねばならぬ変化からも逃れる。
だからきっと、和田垣はまた不変の反復をするのだろう。対して、狙われた小戸川は既に視覚失認による人を見分ける力を喪失している(変化している)。以前彼女を乗せた状況は反復され、しかし変化と不変という「二つ一組」……つまり"オッド"はきれいに分担されている。
 

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4話で田中は言った。「執着を手放せば掴めると言ったが、もう一つ、欲しい物を手に入れる方法がある。それは、何もかもを超越する強烈な執着を握りしめることだ」と。
 
小戸川は過去への執着を手放すことによって*3ゴールへたどり着いた。
和田垣は夢に向けて何もかもを超越する強烈な執着を握りしめ、小戸川のもとへたどり着いた。
 
不気味で不穏で不吉なこの終わりはしかし、必然だ。変化した小戸川と変わらなかった和田垣の再会は、赤い糸よりも強い縁で結ばれていた。
和田垣こそは小戸川の"オッド"であり、正反対にして二つ一組の片方達が相方を見つけたことで物語は幕を閉じるのである。
 
 

感想

というわけでオッドタクシーの最終話レビューでした。真犯人が和田垣というのは「まあそういう可能性もあるね」くらいに思っていたのですが、明かされてみればこの上ないフィット感でびっくりしました。海中に飛び込む白川さんすごく良かったけど*4、本当のヒロインは和田垣だったのでは……
 
春アニメのキービジュ一覧を1周流し見した時は「擬人化人情物かな」くらいの印象だったのですが、2周目に目に止まって見てみると説明がサスペンスチックで興味深い。怪作の予感!と視聴を決めましたが大正解でした。
アバンも無いし見立てには苦労した作品でもありましたが、見てよかったなと思います。スタッフの皆様、素敵な作品をありがとうございました。
 
 

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*1:Youtubeのオーディオドラマ参照

*2:「泥沼と懸命さ――「オッドタクシー」11話レビュー&感想」参照

*3:黒田へのお礼が象徴的な他、彼は何度か和田垣を思い出したがその度に話すのをやめている

*4:水中でカポエラでドア蹴破るってどんな火事場の馬鹿力だ