幼稚さは自由さ――「異世界美少女受肉おじさんと」6話レビュー&感想

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© 池澤真・津留崎優・Cygames / ファ美肉製作委員会
新たな舞台へ赴く「異世界美少女受肉おじさんと」。6話では自由の在り処が問われる。自由とはけして、女神だとか勇者であるとかいった属性から生まれるものではない。
 
 

異世界美少女受肉おじさんと 第6話「ファ美肉おじさんと自由人」

シュバルツのスキルによって呼び出された女神のひとり、「夜の女神」によって、神宮寺の転生の秘密が明らかになる。その後メルクス領を立ち王都へと向かう橘たちは、旅の道中にイカを崇拝する奇妙な村に立ち寄る。
 
そこでは怪しげな儀式の準備が行われており、捧げものとして橘が誘拐されてしまう……?

公式サイトあらすじより)

 

1.女神すら自由にあらず

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夜の女神「常夜が覚醒に至る時、この世界は我が闇で満たされるであろう……ふああ」
シュバルツ「つまり『眠い、私の時間はまだ先だぞ』ってことだと思います」
 
前回シュバルツがよく分からずに発動させてしまったスキルで空に開いた暗い裂け目。そこから現れたのはなんと彼をこの世界に連れてきた「夜の女神」であったが、彼女の行動は一般的な人の制約に縛られないものだ。寝間着姿で現れそのサイズは人より遥かに巨大、異様な切れ味を誇った聖剣グラムを作り、言動もシュバルツ同様"中二"的……ただ、ならば彼女がいかなる時も自由かと言えばそうではない。
 

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夜の女神「ふむ」
 
夜の女神は橘が愛の勇者か確かめる時、わざわざその身を人間と同じサイズまで小さくした。自在に体の大きさを変えるなど人間にはできない芸当だが、そもそもなぜ彼女は体を小さくしたのだろう?無論、橘の体の紋章を探すべく服を脱がせるためだ。巨体のままではリボンを外して脱衣させるような丁寧な真似はできない。いかな女神とて、それなりに礼儀のある脱衣(いきなり脱がす失礼さはさておき)のためには手順を踏まなければならない。
 
またこの世界の女神は12柱いるとのことだが、彼女達は勇者を召喚するにあたって己の加護と望んだ能力、武器を与える決まり事を定めているという。太っ腹と言えば太っ腹だが、逆に言えばそこから外れる召喚を女神達はしてはならないとも言える。確かに彼女はその強大な力で人間よりも気ままに物事を操れるが、だからと言って自由というわけではないのだ。
 

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神宮寺「夜働かせれば昼寝くらい許すな、俺ならば」
 
自由に見えるものがむしろ不自由の入り口であることは珍しくない。現実でも自由業は金銭的な不自由を被るリスクが大きいし、劇中でも領主が橘に申し出た「いるだけで三食昼寝付き」の好条件は自由なようで会食接待やハニートラップに縛り付ける気満々のものだった。であれば、山道を歩くことになってもそうした制約を受けない方が自由ではないかという神宮寺の捉え方には一理がある。そして、こうした自由と不自由の関係は後半よりはっきり現れていく。
 
 

2.幼稚さは自由さ

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橘「どうしてこの村、こんなイカ推しなんだ……?」
 
領主からの支援を辞退し王都目指して旅立った橘達だが、その途上立ち寄った村はあちこちでイカを推す奇妙な村だった。そして終盤、この村には生贄の風習があることが明かされる。橘達を追って旅に出ていたルーは捕まって生贄に選ばれてしまうが、それを知った彼女の反応はいつもながらコミカルだ。
 

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ミギー「我々の神は美しいものを生贄に捧げよと仰せで、他にも候補が複数人いたが君で満場一致だったよ」
ルー(へーそうかあ満場一致かあ、まあ確かに選ばれるのも致し方なしかあ)

 

当初は男に辱められると勘違いし次には生贄として殺される恐怖におののいていたルーは、自分が生贄に選ばれたのが「美しいから」と知ると途端にポンコツぶりを発揮する。やはり美しさは罪でありこれは罰なのかと自己陶酔したり、事情を説明した男に色仕掛けを仕掛けようとして単に変なポーズになってしまったり……以前部下も評していたように美しさへの執着以外はまともなのがルーであり、美しさが絡むと途端に彼女の思考は不自由に陥る。しかし見方を変えると、こうした間抜けな行動を取る時の彼女は「エルフ族の頭目」「絶世の美少女」といった役割や属性の不自由さから解放されている。あくまで一人の残念なエルフとして自由・・に振る舞っている。
 

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シュバルツ「それは漆黒!漆黒に彩られた全てを切り裂く闇の刃!」
 

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夜の女神「100点満点の答え!!」
 
社会的な生き物である以上、生きる上で人は常に何かに束縛され不自由な状態にある。いい子であるとか理知的であるとか高い評価を受けている人間ほどそこから外れた行動は許されず、常にその枠組の中で行動しなければならない。それはこの異世界の勇者の地位であっても同様だ。
 
しかし一方で、人は強い執着を抱くような何かについては途端に普段より子供じみた行動を取ることがある。中立だとか客観性だとか、唯一絶対のもののように言われる枠組から外れてしまうことがある。それは本来とても不自由な思考だが、しかしたった一つの最適解から自由になるために欠かせないものだ。シュバルツと中二トークをする時の夜の女神が女神らしさから解放されていたり、領主の申し出に反対する神宮寺を橘が「ワガママ」「幼稚」と言いつつ笑顔で受け入れたりするのはその分かりやすい例だと言えるだろう。そしてこの不自由さが今回もっとも強調されているのはもちろん、ハイスペックさで本来もっとも正解に近いはずの男・神宮寺だ。
 

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神宮寺「合理的ではないし、自分の意見に変なバイアスがかかっていることも理解している。たぶん、それだけ俺は旅行感覚っていうのがいいと感じたんだと思う」
 
橘が関わる時、神宮寺の思考はいつも不自由になる。小学生の時の卒業アルバムの自分の夢の欄を見られたくないからと油性ペンで塗り潰したり、橘が自分の前から姿を消したのがからかいだったらわざと引っかかったふりをしてやろうとしたり、他の人間相手にはしないことばかり神宮寺はしてしまう。しかし彼が私達の意表を突く行動をとるのはいつもそんな時だ。橘絡みで不自由な時こそ、彼は心配のあまり荷車を壊したり商人のシェンを地面に突き刺したりといった物理法則から自由な行動も許される*1。神宮寺が現世で常時見せていたハイスペックとこのような非常時の反則的スペックは全く別物であり、それは彼の内面の現れなのだ。
 

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魔王退治に制約されたこの旅はきっと、橘や神宮寺を現実で囚われていた不自由から自由にする旅になる。ルーより美人だと新たな生贄候補に選ばれた橘を巡るこの騒動もまた、その一歩になることだろう。
 
 

感想

というわけでファ美肉おじさんの6話レビューでした。すみません、すっかり遅くなってしまいました。遅くとも6~8回も見れば書けるでしょという見積もりでやっているのですが、今回は10回以上見てもテーマにたどり着けず。「類推」とか「似た者同士」とか「覆せないもののために覆す」とか全然違うものを仮定しては適合率の低さにやり直しておりました。寝不足かしらん……今日この後に続けて平家物語のレビューを書けるかというか正直……
 

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こんな笑顔見せられたらもう本当のこと言えない。あと動きにくそうなイカのキグルミ着たヒダリーがダジャレとか生贄更新とかフリーダムなのも楽しかったです。
 
 

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*1:地面に刺さるより先にシェンの足や肩の骨が砕けるのでは……